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今年の受験の顛末

  • 執筆者の写真: 恭 柴山
    恭 柴山
  • 3月24日
  • 読了時間: 9分

更新日:3 日前


今年の受験では、内申が足りないチャレンジ受験の子が多かったとはいえ、第一志望に入れない子が何人も出てしまいました。たとえチャレンジ受験でも逆転で受かってきた子が今までは何人もいたことを思うと、過去にない結果でした。子供達にも親御さんにも申し訳なく、だいぶへこみました。



うちの息子も本番で大失敗し、第一志望に届きませんでした。これは息子の問題というより、実は父親としての私の問題だったかな、と思います。



似た原因で力を発揮できなかった子もいましたので、同じような失敗をされないよう、うちの子を例に取り、原因であろうと思われることをご紹介したいと思います。



まず息子は、親の贔屓目がなくとも、最後はよく頑張っていたなと思います。過去問を分析し、自分なりに工夫して学習戦略と計画を立て、地理の教科書をすべて白地図に落とし、苦手な英語も毎日勉強していました。得意の数学、理科は過去問12年分を3周してしまい、やることがなくなり、「他に問題ない?」と言うので、全国の過去問を買ってあげてました。最後の1ヶ月は塾がない日でも毎日3時間は集中して勉強していたようです。



そんな彼も、中1の1学期の期末テストでは「えっ、テスト前って勉強するの?」という名言(迷言?)が飛び出す状態でした。得意の理科は70点くらいでしたが、数学や国語、英語は50点程度でした。結果的に内申はオール3より少しいいくらいの成績でした。



その後も、テストの2週間前から塾のオンライン自習室に参加して1時間勉強する以外は、宿題以外全くしていませんでした。これは正直ベースの話です。中2の夏に受けた模試では、英語で25点を叩き出しました。さすがに「伸び代しかないね」って家族で笑ってました。



中1、中2はバスケにどっぷりの生活だったと思います。特にバスケ部の部長になってからは、どんな練習メニューにするかを考えたり、自主トレに励んだりと、常にバスケのことで頭がいっぱいだったようです。



勉強においてこのような状況だったので、塾長の家なんだから、さぞかし家で特別指導とかしたのではないかと思われるかもしれません。しかし、家では聞かれない限り何も教えませんでした。塾で勉強のやり方は伝えているので、家では特に伝えることはないわけです。

こういう時期は、何か言いたくなるものですし、子供が口答えしないタイプなら塾をかけもちさせるとか、とにかくやらせたくなると思います。しかし、自立を阻害しないためにも、奥さんにも何も言わないように言っていました。



ただ、学校の授業はしっかり聞いていたようですし、課題もしっかりやっていくようになっていました。そして少しずつは成績を上げたいと思うようになっていたようです。テスト前しか勉強しないとはいえ、私が塾で教えた勉強方法を採用してやっているようでした。



少しずつ意識が上がっていったのは彼だけに特有のことではなく、小さい頃から過度な管理をせず、何も言わず温かい目で見守りながら、たまに知的好奇心を刺激することをしていれば、多くの中学生はそれなりに意識が高まっていくものと思います。自分の人生のことだからです。



結果として、1年の3学期には、内申は5つ上がっていました。5も1つ取れたようです。



さて、そんなこんなで本格的に勉強をやり始めたのは、中2の終わり(年明け)でした。さすがにテスト前だけでなく、毎日勉強しないとまずいかな、と思ったようです。それから、毎日30分から1時間は勉強をするようになりました。



そのおかげか、中2の3学期の内申は、オール4になりました。もちろん、他人に管理されたり、パターン演習のガリ勉スタイルでは、この程度の勉強時間で大きく成績を上げるのは難しいです。勉強方法を工夫をするか、勉強時間を増やす必要があります。



多くの場合、勉強時間を増やすことを最初に考えるものです。しかし、力技でやることに慣れてしまうと、だいたい高校で破綻します。そのため、本質とポイントをとらえて勉強効率を上げるやり方を塾で教えています。もちろん方法を教えても我流でやりたがる子もいます。息子は勉強時間を増やすことよりも、勉強方法を工夫することを選び、工夫してやっていたようです。



とはいえ、中3最後の夏の大会が終わるまでは、勉強は片手間でやるもの、という感じだったようです。バスケに夢中になっていたこともありますが、合唱コンクールの指揮をやったり、皆で集まってダンスの練習したり、友達と夜遅くまで遊んで怒られたりする日もあり、中学生活を満喫することに忙しかったようです。



そんな彼も中3ではだいぶ意識も高まり、中学最後の内申は42でした。中1の頃に比べると、13上がったことになります。模試でも、志望校である鎌高の合格判定はA判定を取れるようになっていました。苦手だった英語も過去問で70点以上は取れるようになり、国語も80点を安定して取れるようになっていました。得意な理科で問題文をよく読まずに失点することを改善すれば、よほど失敗しない限り合格できるだろう、と判断できるレベルです。私立の鎌学の内申基準もクリアしたので、あとは本番で落ち着いて普段の力を出すだけ、という状態だったわけです。



なお、こういうことを書くと、もともと地頭がよかったんじゃないか、と言われるのですが、冷静に分析すると、地頭については平均以下の父親の私よりは少しいいくらいだと思います。私も県立トップ高に行ったので、頭がいいのかもしれないと勘違いしている痛い時期がありました。でも、実はそれほどでもない、というのは社会生活の中でわかってきて、でも受け入れたくないので、そこは見ないふりをして強がっていたのです。50歳になる頃にやっとそれを受け入れることができました。当時ただ周りより少し上手に、多く勉強しただけだったわけです。



息子も私からの遺伝の影響を受けているので、残念ながらそこまで地頭がいいという感じではないと思います。数学・理科においては、平均より勘がいいほうだと思いますが、国語・英語などの言語系は平均より少し落ちるくらいです。たまに見かけるいわゆる天才タイプの子とは違います。もちろん彼にはそれ以外にいい面がたくさんあるので、それでいいわけです。



ここまでは、順調に感じるかもしれません。



しかし「好事魔多し」 気をつけないといけないのはこういう時なんですよね。下の子からも「調子ぶっこかないが吉」とか部屋に張り紙をされる始末。塾でも十分気をつけるよう伝えてはいたのですが、それ以外の盲点があったのです。



それは、「お金の話」でした。



入試の1ヶ月くらい前、「私立って県立に比べてどのくらいお金かかるの?」と聞かれたので、「まぁ、〇〇くらいかな」と正直に答えてしまったのです。あとになって、なんでまともに答えてしまったんだろう、と後悔しました。



それは、本番の緊張という形で彼に降りかかったのです。



問題は、国語でした。まず漢字で「あれっ、これなんだっけ?」となったようです。それで少し焦りが入ったようです。そしてふわふわした頭で、論説文の文章が頭に入らず、気づいたら20分もかけてしまい、古文と記述問題を残して、残り時間5分という状況になりパニックは最高潮。しょうがなくて勘でマークしたそうですが1つも当たらず。論説はもともと得意なほうでしたが、時間をかけた割にできず、国語はまさかの46点。県全体の平均点にすら遠い過去最低点です。



さすがに落ち込んだようですが、次の数学は気持ちを切り替えて、89点を取れたようです。理科も同じくらいは取れて、よく持ち直したな、と思います。



結果として、特色含め国語以外は合格点以上を取れており、内申も合格者平均を取れていたため、計算上は全体で10点くらい足りなかったかな、と思います。



息子の当日のメンタルがどうだったのか本当のところはわからないのですが、私も父が他界した半年後にセンター試験を受け、同じように経済的に負担をかけられないというプレッシャーの中で、数学で大失敗した経験があるので、同じような状況だったのだと想像すると、おそらく不用意に発した私のお金の話がプレッシャーになったのではないかと感じています。



もう一人塾生で、入試前にお金のことをだいぶ心配している子がいましたが、その子も緊張で英語のリスニングが全く頭に入ってこず、過去最低点だったそうです。彼も1年のころから内申が8上がり、いけるかな、と思っていたので本当に残念でした。



子供が弱気になって「私立でもいいかな」と言い出した時など、最後まで勉強に真剣に取り組んで欲しいという想いから、お金の話をしたくなりますが、子供達にとっては思った以上にプレッシャーになることがあるんですね。



実力をつけたとしても、本番では何が起こるかわからないもの、というのは自分の経験からも十分わかっていたつもりでしたが、まさか同じような失敗を親子で継承されるとは思っていませんでした。今回はいろいろと学びが深い年でした。



ただ、息子としても、結果がついてこず男子校になったのは残念でしょうが、勉強によって何かを犠牲にすることもなく、充実した中学生活を送ることができたのはよかったのではないかと思います。



周りの人たちに恵まれたのもあるでしょうが、学校の先生を含め友達からの信頼も厚かったようですし、部活や勉強の失敗からも多くのことを学び、知性だけでなく人格も磨くことができたのではないかなと思います。



また、自分の力を信じて勉強方法を工夫し、ポイントをおさえて成績を上げる経験は、科目が増え、量が倍増する高校では、大きな力になるのではないか、と思います。



これがうちの子の受験の顛末でした。



今年の中3は、息子に限らず、中1、中2の頃ははっちゃけて勉強など全くやらない子達だらけの学年でした。詳しくは書けないだけで、他の子達も一人一人ドラマがありました。いろいろすったもんだありました。こっちの子が反抗期で大変だと思ったら、こっちの子が少しやる気になってきたのでサポートしてあげたり、と、その都度だいぶ心を砕いてきました。



あの子達が最後は意識も高くなり、よく頑張っていたなぁ、と思います。それを見てきたので、プロセスが大事とはいえ、全員を第一志望の高校に入れさせてあげ、成功体験を積ませてあげたかったと思います。



やってあげ過ぎても依存度が上がってしまい、最後自分で何が足りないのかを考えられなくなってしまうので加減が難しいですが、他にできることはなかったかな、逆にやりすぎてしまったことがあったかな、と思います。

 
 
 

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